胸痛(胸の痛み)は「命に関わるもの」から「様子見で良いもの」まで幅が広く、自己判断が難しい症状の代表格です。痛みも、チクチク痛む、圧迫されるような痛み、裂かれるような激しい痛みなど様々です。
ここでは呼吸器内科の立場から、呼吸器の病気を中心に、心臓・消化器・筋肉・神経・皮膚・心因性まで横断的に整理して、受診の目安や検査・治療・予防まで一気に解説します。
以下のような症状がある方は、この解説を参考にしてください。
- 深呼吸をすると胸が痛む
- みぞおちがしくしく痛む
- 胸が圧迫されたような感覚がある
- 背中から胸にかけてさすような痛みがある
- 胸が痛くて息苦しい
目次
なぜ胸の痛みは起こる?

胸の周りには様々な臓器があります。内臓では、肺・心臓・胃や食道・大血管(大動脈や肺動脈)などがあります。それ以外にも、皮膚や胸を取り巻く筋肉・骨・神経などがあります。これらの臓器に異常が出ると胸の痛みを感じるわけですが、原因も多岐にわたります。
実は肺自体には痛覚は乏しく、肺を包む膜(胸膜)に痛覚は多く存在します。そのため肺炎や初期の肺がんの多くでは痛みがでませんが、肺炎や肺癌が広がって胸膜まで達すると胸の痛みを感じるようになります。そのほかにも胸膜自体に炎症(胸膜炎)が起きると痛みを感じますが、この場合胸水といって胸に水がたまることがあります。胸水の原因には多くあり、感染症が原因となる膿胸(のうきょう)やがんが原因となるがん性胸膜炎などがあります。これらの病気のように胸膜に異常が起こると胸の痛みが出てきます。胸膜の痛みは、深呼吸や咳で悪化したり、体勢を変えると改善・悪化することがあるのが特徴です。
胸痛の主な原因

①呼吸器由来
主に肺を包む膜(胸膜)に由来する痛みです。下記が代表的な原因となります。
肺炎や胸膜炎(胸膜痛)

咳や深呼吸、体位で痛みが増悪する刺すような痛みが特徴です。感染症が原因となることが多く、発熱や咳・痰などの症状も伴います。抗生剤により治療しますが、場合によっては入院での治療が必要となります。
気胸
肺塞栓症
突然の息切れ・胸痛・頻脈などの症状が出ます。海外旅行のフライトなどの長時間座っている行為や、手術後、ピルや妊娠、がんなどが原因となって足の静脈などに血栓ができ、それが肺の血管に詰まることで発症します。比較的まれな病気です。

気管支炎や強い咳による胸壁痛
咳で肋間筋や肋軟骨が炎症を起こすことで痛みが起こります。特に「咳をすると痛む」「押すと痛い」タイプの痛みが多く、咳が改善してくるのに伴って痛みも改善してきます。
肺がん
初期の肺がんでは痛みがないことが多く、痛みが出るのは進行した場合が多いです。肺がんの進行に伴い胸膜(肺の外側にある膜)に病気が及ぶと胸痛が出ます。特に同じ場所に数週間続く胸の痛みは注意が必要です。長引く咳・体重減少・血の混じった痰がでる、などの症状がある場合も要注意です。
日本呼吸器学会ホームページ:呼吸器Q&A
https://www.jrs.or.jp/citizen/faq/q08.html
②心臓・血管由来
心臓の痛みは、命に関わるため特に注意が必要です。圧迫されるような・締め付けられるような痛みは、狭心症や心筋梗塞の可能性がありすぐに病院への受診が必要です。

狭心症・心筋梗塞
労作や安静時の締め付けるような痛み・押さえつけられるような圧迫感などの症状が出ます。冷や汗や肩の痛みを伴うこともあります。心筋梗塞では、心電図でST上昇という特徴的な所見が出ることが多く、診断することが可能です。ただし狭心症では、症状が出ている時に心電図を取らないと分からないこともあるため、注意が必要です。
心膜炎
心臓を包む膜に炎症が起きると痛みが出ます。深呼吸や前屈で変化する痛みや聴診で摩擦音が聴取できることが特徴です。ウイルスなどの感染症が原因となるため、発熱などの風邪のような症状が先行することがあります。
大動脈解離
突然の胸や背中の激痛が出現します。脳梗塞や心筋梗塞を起こすこともあり、すぐに病院が必要な病気です。
参考情報:Mayo clinic 「Chest pain」
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/chest-pain/symptoms-causes/syc-20370838
③食道・胃などの消化管由来
逆流性食道炎・胃潰瘍
胸の焼けるような痛みに加え、胃もたれ、呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)、ゲップなどの症状が出ます。多くが胃薬(プロトンポンプインヒビター)の内服で改善しますが、食生活の見直し(脂肪分、刺激物、アルコールを控える)、食後すぐの横にならない、禁煙なども重要となってきます。
胆石・胆のう炎
右上腹部に痛みが出ます。痛みは食後に出現してくることが多く、腹部CT検査で胆のうが腫れ・炎症が起きていることを確認して診断します。
④筋骨格・皮膚由来
肋間神経痛
片側に肋骨に沿って走る鋭い痛みが出ます。痛みが数日〜数週間続くこともあります。
肋軟骨炎
肋骨と胸骨などの間にある関節部分の軟骨に炎症が起こり痛みが出ます。多くは圧痛があります。原因としては、激しい運動・重い物を持ち上げる・咳など胸に負担がかかることを行ったり、ウイルスや細菌に感染をする、そしてストレスなどが引き金になったりします。
下記が肋軟骨炎がよく起こる部位になります。この部位に圧痛があると肋軟骨炎の可能性が高くなります。

帯状疱疹
水痘・帯状疱疹ウイルスにより痛みや発疹が出ます。発疹が出る数日前からピリピリと皮膚が痛み始め、肋骨に沿って水ぶくれを伴う発疹が出てきます。痛みは強く、「さすような痛みが繰り返される」「焼けるような強い痛み」が続き、夜も眠れないほどになることもあります。抗ウイルス薬(ファムシクロビル・アシクロビルなど)を内服することで改善が得られます。改善後も痛みが残ることがあります(帯状疱疹後神経痛)。

心因性(不安障害・パニック発作 等)
胸部圧迫感、過換気、しびれ感などの症状が出ます。心因性と診断するには、肺や心臓に病気や異常がないことを検査で確認する必要があります。抗不安薬などで治療することがあります。
この症状は要注意!早く病院に受診を
以下の「危険サイン」があればすぐに病院を受診しましょう!!
- 圧迫感/締め付けが10分以上続く、冷や汗・吐き気・顔面蒼白を伴う(心筋梗塞)
- 呼吸困難や血の混じった痰(肺塞栓症・重症肺炎など)
- 突然の鋭い胸痛と片側の呼吸音低下/呼吸がしづらい(自然気胸)
- 背中へ放散する激痛(大動脈解離)
- 発熱+胸痛+意識障害(重症肺炎)
- 長時間の飛行/手術後/下肢の腫れを背景にした胸痛・息切れ(肺塞栓症)
問診・検査
①問診
問診では、痛みに関して詳しく聴取します。
痛みの場所・持続時間・頻度・きっかけ・随伴症状(発熱・咳・息切れ・動悸・冷汗)などを主に聞きます。またどのような痛みかも重要です。痛みにもいろいろな状態があり、刺すような痛み、ピリピリした痛み、締め付けられるような痛み、押されるような痛み(圧迫感)、押したり動いたりするときに出る痛み、深呼吸で出る痛み、などなどあります。
②胸部レントゲン線・胸部CT検査
胸の痛みの原因を調べるにあたって最も重要な検査となります。胸膜炎や気胸、肺がんの有無を調べることができます。一方で、心筋梗塞や皮膚・胸壁の痛みでは異常が見られません。肋骨骨折ははっきりと折れている場合はレントゲンでも分かりますが、ヒビが入っている程度だとレントゲンでは分かりません。
またレントゲンでは、縦隔(心臓周囲や食道)・胸壁・横隔膜周辺の病変ははっきりと移らないため、より詳細なことが分かる胸部CTを追加で実施することもあります。

②心電図
狭心症や心筋梗塞の診断に必要な検査になります。ただし狭心症の場合、胸の痛みが出現している時に心電図を行わないと診断できないことがしばしばあります。この場合は問診が重要で、運動や重労働などの労作時に胸の痛みが出現して、休むと改善するなどの症状がある場合は、さらに精密検査を行うことをお勧めしています。この場合の精密検査としては、冠動脈の造影CT検査や心臓カテーテル検査になり、必要に応じて総合病院や専門施設へ紹介いたします。
③血液検査
肺炎・胸膜炎の場合は、炎症反応(CRP)や白血球数が上昇します。肺塞栓症を疑う場合はをDダイマーを測定する場合もあります。
参考資料:臨床検査医学会「胸痛」
https://www.jslm.org/books/guideline/05_06/041.pdf
治療方法
胸の痛みに対する治療は、原因を特定した上で、病気に応じた治療を行います。
下記が代表的な病気とその対応方法になります。

痛み止めの種類と特徴
痛みの原因が筋肉や肋骨、神経が原因の場合、もしくは症状緩和目的で以下のような痛み止め薬(鎮痛薬)を使用することがあります。痛み止め(鎮痛薬)は、痛みの原因や程度、全身状態に応じて使い分ける必要があります。ここでは主な種類と特徴を整理して解説します。

①アセトアミノフェン(カロナールなど)
特徴
- 最も安全性の高い鎮痛薬の一つ
- 解熱鎮痛作用があり、頭痛・生理痛・筋肉痛・発熱時などに広く使用できます。
- 胃などへの刺激が少なく、胃潰瘍や高齢者の方にも比較的安全に使用できます。
- 腎機能への影響が少ないが、肝機能障害のある人は注意が必要です。
- 小児にも使用できます。
②NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
主な薬
- ロキソプロフェン(ロキソニン)
- ジクロフェナク(ボルタレン)
- セレコキシブ(セレコックス)
特徴
- 鎮痛・解熱作用があり、関節痛、歯痛、頭痛などに有効です。
- 胃粘膜障害・腎機能低下などの副作用があるため、1か月以上などの長期使用は注意が必要です。
③オピオイド系鎮痛薬:トラマドール(トラムセット・トラマールなど)
特徴
- 強力な痛み止めで、痛みが強い場合、がんによる疼痛や手術後の痛みに使用します。
- 便秘・吐き気・眠気などの副作用に注意が必要です。
④神経痛対する痛み止め
主な薬
- プレガバリン(リリカ)
- ミロガバリン(タリージェ)
特徴
- 神経の障害に対する痛み(しびれ、焼けるような痛み)に対して効果があります。
- 副作用として眠気、ふらつき、むくみなどがあります。
- 帯状疱疹後の神経痛などに使用します。
⑤貼り薬(外用薬):ロキソニンテープ・モーラステープ
特徴
- 全身への影響が少なく、安全性が高い治療方法です。
- 筋肉痛・関節痛・打撲などの部分的な痛みに使用します。
バストバンドって効果ある?
バストバンドは、咳や深呼吸の際に胸(肋骨)の動きを軽く制限して、痛みを軽減することが主な目的です。主に、肋骨骨折や肋軟骨炎、強い咳などから胸の筋肉痛や胸壁痛などに使用されることがあります。注意点として以下のようなことがあります。
- 強く締めすぎない:胸を強く圧迫すると呼吸が浅くなり、肺炎・無気肺のリスクが高まります。
- 長期間使わない:痛みが落ち着いたら、数日〜1週間を目安に外します。
- 深呼吸や咳は時々行う:痛みが軽い範囲で、定期的に深呼吸をして肺を広げることが大切です。

よくある質問
左胸がチクチク痛い=心臓?
刺す痛み+呼吸で増悪なら胸膜炎や肋間神経痛が多いです。のちに皮疹が出てきて、帯状疱疹が判明することがあります。
レントゲンが正常でも肺塞栓は否定できますか?
否定できません。血液検査(Dダイマー)や造影CTが必要で、場合によっては高次医療機関へ紹介いたします。
若い・非喫煙者でも気胸になりますか?
はい。気胸は、やせ型若年男性に多く、突然の片側胸痛+息切れは早めの受診をしたほうがよいでしょう。
院長からのメッセージ
胸の痛みは、心臓・肺・筋骨格・神経痛など原因が多岐にわたります。「様子見でよかったのか」と不安なまま過ごさず、まずはご相談ください。当院では丁寧な問診・診察に加え、必要に応じて心電図・胸部レントゲン検査・血液検査などで迅速に評価し、最適な対応を一緒に考えます。強い胸痛/冷汗/息切れ/左腕や顎への放散を伴う場合は、ためらわずに救急要請を。地域の皆さまの“胸の不安”を、確かな医療で安心に変えていきます。
